第14回 日本放射光学会奨励賞 (3/3)


山根宏之 会員

自然科学研究機構 分子科学研究所 光分子科学研究領域

高度構造制御による有機薄膜・界面電子状態の精密実験

山根宏之氏は、高度に構造制御した有機薄膜を調製し、放射光の波長可変性を利用した角度分解光電子分光(ARPES)の精密な測定を行うことで、それまで困難とされていた弱い分子間相互作用のバンド分散を世界で初めて観測した。有機薄膜のバンド分散は非常に小さいため高分解能の測定が必要になるとともに、薄膜内部の構造の乱れや欠陥が多いため、電子構造の精密測定に耐えられるような高品位かつ安定な薄膜を作成しその光電子分光測定を行うことは困難とされていた。山根氏は、高度に配向した単成分有機積層膜を作成し、放射光ARPESによる精密な測定によって、積層方向の弱い分子間相互作用による僅かなバンド分散を観測することに成功した。さらにこの実験結果から、キャリア-の有効質量や移動度などの輸送物性に関わる物理量を引き出せることを示した。この研究は、有機薄膜に対して、理論計算と十分な精度で比較しうる実験データを提供し、物理的議論の俎上に載りにくかった有機薄膜の電子構造と輸送物性を十分議論できるレベルに引き上げた意味でその価値は極めて高く、その後の有機薄膜の電子構造の精緻な研究のさきがけとなった。さらに、山根氏は、このようなアプローチにより、高い正孔移動度を示す有機半導体として最も有名なペンタセンの単分子配向膜に対して、基板との間の界面電子状態の形成とその2次元バンド分散を実験的に実証し、その起源が基板を介した分子間相互作用の増大によるバンド分散の発現という新しい機構の提案をしている。
 以上のように、放射光光電子分光による有機薄膜の電子構造研究のさきがけとなる研究を行い、その有用性を実証した山根宏之氏の放射光科学における研究功績は大きく、日本放射光学会奨励賞に十分に値するものである。

日本放射光学会
会長 尾嶋正治

2010年 1月

受賞研究報告 学会誌 vol.23 No.2(2010)