◆コメント3


提出者:東善郎、小出常晴、前澤秀樹

報告書が推奨する5GeV-ERLを中核とする将来計画には深刻な問題点が多く、再検討が必要と考えます。

財政面等の問題:

報告書には財政的観点が欠如している。ERLはシングルターンで大電流を得るためのコンセプトとして革新的であるが、大規模なcryogenicsをはじめとする加速器の全システムに投入された電力エネルギーそのものを回収するわけではない。したがって消費電力と人件費を含めて運転経費は膨大なものになる。「放射光将来計画検討報告-ERL光源と利用研究-, 飯田厚夫、諏訪田剛編集、March, 2003, KEK」および「坂中章吾、光源検討WGでの発表資料、2005年7月15日」p.24 によれば、

5GeV-ERL建設費 約812億円(Spring8を超える)

5GeV-ERL電力消費 約27~34MW(ちなみにPF:3.5MW, PFAR:6.7MW)

これでは汎用研究施設の建設と多年にわたる運営のための予算としては現実性がないと言わざるを得ない。放射光加速器施設は建設後20年以上にわたって改良や技術開発を重ねながら安定的に維持運転し続けなければならない。したがって極めて長期的な視点に立ってコストコンシャスであることが不可欠である。加速器プロパーのプロジェクトという観点に限れば、規模を大幅に縮小して”VUV” -ERLとすることによってコストダウンが可能という考え方もあるかもしれない。しかし報告書に示されている新しい利用研究の可能性の大半はX線領域のものである。報告書のコンテクストにおいてVUV-ERLが適切であるとは考え難い。また、原理的な問題にしても、波長がより長いVUV領域においてはコヒーレンス、回折限界等の観点からERLが最新型第3世代リングに比べて優れているとはいえない可能性がある。

放射光コミュニティー、汎用性の観点からみた問題:

放射光研究施設においては、加速器開発自体は目的ではなく、利用研究成果を出してゆくための手段である。したがって建設には失敗が許されず、可能な限り確かなものでなければならない。研究開発段階のものを放射光将来計画の中核に据えるべきではない。放射光ユーザーコミュニティーの大多数はより高性能な第3世代光源を欲しているのであって、決して特定のパラメーターだけが突出した光を要求しているわけではない。コヒーレンス、パルス幅、極小ビームなど特定パラメーターの突出を求める少数のユーザーにとっては、すでに計画が進行しているFELのほうがERLよりも適切である。他の多くのユーザーにとってはERLが現有放射光実験施設よりもむしろ実質的な性能の劣るものになる懸念がある。5GeV-ERLのリングカレントは約100mAまでと見積もられ、現有光源と同等以上にはならない。ビームの安定性の予測は困難である。ERLは形のうえでは閉じていてもストレージリングとは原理的に異なっている。シングルターンのビームに対する位置の安定化にはどのような方法があるのであろうか?通常のfeed-back方式は使えない。Feed-backの概念がそもそも成り立たない。通常リング型光源のような軌道の安定性を確保することができない場合、高輝度に関してもその「実効性」が疑問となる。日本は放射光の分野でかつては世界に先駆けていた。しかし、これから5年後の世界では、最新型の第3世代型放射光源(NSLSII、カナダ、フランス、イギリス、オーストラリア、上海、台湾、等々)が次々と立ち上がり、いくつかのFEL施設も含めて研究が展開する中で日本が世界の最後進国になってしまう恐れがある。このような事態は何としても避けたい。

将来の展望について:

第3世代光源の基本的なコンセプトは変わらずとも、挿入光源やビームラインに最新のテクノロジーを投入してゆくためには、20年前とは比較にならない最新型の第3世代光源がどうしても必要である。PFリングやPF-ARリングではもはやこれ以上に新しい技術の開発や投入には限界がある。第3世代光源には原理的な先端性が不足しているという見方もあるが、むしろ日本は今やこの分野で先進国ではなくなりつつあるという「非常事態」にあり、先端性どころか先進国に追いつくことが必須の緊急課題であるという現実認識が必要である。最新型第3世代光源は、さらなる将来計画への必須ステップである。また本決まりなら今から4年後にはできる。ERLは実証実験完了までに今から数年、成功しても実機完成までにはさらに5年以上かかり、現状の「緊急性」には対応できない。Spring8もあと10年あまりで更新期にさしかかる。X線領域の次期計画としては、最新型第3世代VUV-SXリングが運転稼動し始めるタイミングで、次に最新型第3世代Xリングの建設に移ることがのぞましい。すなわち、VUVSX領域の光源と、X線領域の光源とを今後交互に更新して行くことが理想と考える。理想的に行かない場合もあり得るが、その場合は臨機応変に様々な現実的対応を考える必要がある。一例として、国内新VUVSX施設稼動までの間、外国の優れた新第3世代リングにおいて暫定的に日本「共同利用」Beamline Facilityを運営することも検討に値する。(PF、APS等において成功裡に運営されてきたAustralian National Beamline Facilityを範とする。)また、構造生物分野は極めて広範な研究テーマを数多く持ち、産業利用とも密接な関係があり、しかもFEL / ERLのような突出したビームを必要としているわけではない。構造生物分野が単独でこの分野に最適化した放射光施設を持つという方向も真剣な検討に値するであろう。その場合、担当の省庁も必ずしも文部科学省に捉われる必要はないであろう。ERLには、技術的な不確定要素が多く、建設と運営に膨大な予算と多大な人的資源と長い年月を必要とする。そのERL計画のdominanceによって、上記をはじめとするより現実的で多様な可能性がすべて閉ざされ、今後、非常に長い年月にわたって日本の放射光科学が停滞してしまうことが危惧される。我々は、すでに走っている試験機プロジェクトに反対するわけではない。ERLについては当面、要素技術の開発研究に専念することが重要であろう。しかし現時点においてERLを放射光将来計画の中核に据えることは不適切と考える。